somewhere sometime
5
「そうか、尚香殿は今日は来れなかったのだな。」
「はあ…すんません。」
「君が謝ることはない、むしろ謝罪が必要なのはこちらだ。
わざわざすまなかったね。」
タイミングよく劉備に逢えた凌統だったが、
なぜか用件を伝え終えた後帰る気になれず。
劉備の散策に同行していた。
それを不審に思うでもなく断るでもなく、劉備は何も言わず凌統の横を歩いていた。
そのあまりに自然な振る舞いに驚きながらも。
居心地のいいこの空気の中、凌統は劉備と他愛のない会話をしていた。
「いえ、オレもたまたまここに居たんで。ちょうどよかったですよ。」
「そうか、それはよかった。
また君に会えてうれしいよ。」
劉備が柔らかい笑みとともに言った言葉は、
凌統を驚かせる。
「え…?その…。」
「どうかしたかな?」
劉備は自分の言葉の内容を何ら気にすることはなく、不思議そうに凌統を見ている。
(て…天然だな、この人…。)
こんなにさらりと好意を示されることに、慣れてはいない凌統は、
赤らんだ頬を隠そうと少しうつむき、別の話題を探した。
「え…えっと、劉備さん。」
「?何かな。」
「あの…。休みなんすか?今の時間って。」
とりあえず思いついたことを口にした。
その疑問の答えは、前に尚香からもらってはいたが。
とりあえずの話題として、持ち出した。
失礼になるかも、と少なからず思ったが、他に咄嗟に見つからなかったのだ。
だが劉備は、やはり気にした様子もなく答えた。
「ああ、ムリヤリね。」
その笑みは少し悪戯っぽく。
この髭のある大人の男性を子供のように見せた。
「ムリヤリ…っすか?」
「昼は少し時間がとれなくてね。
その代わりなんだよ。」
尚香から聞いた答えと寸分たがわない返事だった。
とても正直な人なのだと、凌統は少しおかしくなった。
「やっぱり忙しいんすか?社長業って。」
「まあ、それなりにはね。
こういう気分転換が必要なくらいには働いてるつもりだよ。」
気分転換、とそう言った。
では尚香と会うのも気分転換の一つなのか。
それとも、彼も彼女のように特別な感情をもって会っているのか。
(や、流石に女子高生に本気で、ってのはやばいんだろうけど)
だが彼なら学生相手でも本気で愛するなら誠実に対応するだろう。
会ってごくわずかな時間しか話してなくても、なんとなくそうだろうという気にさせる。
「姫…じゃない、尚香…さん、とはよく会ってるんですか?」
「そうだね、週一回か二回くらいは会っているように思うよ。」
それはなかなかの頻度だ。
もし二人が恋人同士だったとしても十分な回数だ。
「彼女が話し相手をしてくれるようになってから半年にはなるかな。」
「話相手…ですか。」
この口ぶりだと、娘を相手にしている父親の気分なのではないだろうか。
指輪をつけていない所を見ると、結婚はしていないようだが。
今のところ尚香にとって脈という脈はまだ存在していないようだ。
「彼女はいい子だね。きっとご両親が大事に育てられたのだろう。」
「…そうっすね。」
そこまで聞いて、どこか安堵していた。
なぜかは、分からない。
(…なんかほっとする…。)
それとともに、彼の隣りの心地よさをまた感じた。
どこか懐かしいような。
(懐かしい…?)
ふと、凌統の記憶の片隅に何かの影がよぎった。
次の瞬間。
「劉備社長!」
凛とした男性の声が響いた。
ふと前を見ると、長身の男がいた。
艶のある黒髪に無駄のない体格で端整な顔立ちの青年だった。
彼は劉備の前に来ると、正しい姿勢で頭を下げて言った。
「お迎えにあがりました。」
「子龍。今日は早いな。」
「副社長が至急御呼びするようにとのことです。」
その言葉に、劉備の表情が変わった。
「…分かった。」
一言言うと、凌統の方を向き微笑んだ。
「今日はありがとう凌統。楽しかったよ。
尚香殿にもよろしく伝えておいてくれ。」
「あ…はい。」
名残惜しさが無視できないほどに凌統の心にひろがった。
だが、それを口に出すことはできなかった。
「では、またな。」
「…はい。劉備さん。」
また、という言葉に少しほっとして劉備と男を見送った。
多分あの男は劉備の部下なのだろう。
折り目正しく劉備の傍にいるのだろう。
(…いいよな。)
そう思いながら見ていると、ふと劉備の隣りを歩く男がこちらを振り向いた。
「…?!」
(なんだ…?!)
その眼は凍るように冷たく。
明らかな敵意に満ちていた。
To be Continued…
ヘタすると1年ぶりに近いのではないでしょうか、こちらも久々の連載更新です。
やっと蜀陣営から趙雲が登場。
凌統に敵意と嫉妬丸出しです。たぶん三国時代より感情がストレートに出るようになってるのではないでしょうか。
もちろん例にもれず劉備様至上主義です!
やっぱり総受けの傾向になってますね。予想できてましたけど(笑)
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